中小M&AガイドラインにおけるFAと仲介の比較

2020.05.08 - written by osumi

今回のテーマ

こんにちは、エンジット・ストラテジーの大隅です。前回は買収価格について考えてみましたが、今回は経済産業省から今年の3月末日に発表された「中小M&Aガイドライン」(以下、本ガイドライン)について触れてみたいと思います。

すでにご覧になっている方もいらっしゃるかと思いますが、本ガイドラインの主な目的は、会社売却は人生に1度あるかどうかの極めて重大な意思決定であるにも関わらず、(当然ですが)M&Aを良く知らないが故に中小事業オーナーが損をする事例が後を絶たないため、売り主及びM&A業者等に対して一定の行動指針を示すことです。

本ガイドラインは、具体的に苦労した事例など大変参考になる記載がありますので、ぜひご一読頂きたいと思いますが、本ガイドラインの概要を搔い摘んだだけではこのコラムの意味がありませんので、私個人としての所感を記載させて頂きたいと思います。

FAと仲介の比較

まず、一般論としてM&AアドバイザーにはFAと仲介という2つの形態があると言われています。
その名前の通り、仲介というのは売り手、買い手の双方から報酬を得るものであり、FAは何れか片方から報酬を得るものです。
そのため、FAは依頼主の利益の最大化を目的に様々な交渉に臨みますが、仲介は中立的な立場で案件を進めるというのが一般的な考え方です。

これらを前提に本ガイドラインでは、FAと仲介との比較において「単独で報酬を支払う体力がある会社であればFA」、「その体力が無ければ仲介」という整理が含まれていますが、場合によっては少し誤解を与える可能性があるかもしれません。

確かにIBDと言われる大手証券会社や大手銀行系FAでは多額の報酬が取れなければ案件を断ることもありますが、いわゆる独立系のFAは、仲介会社の報酬テーブルと同程度が一般的な水準であるように思います。
例えば、仲介が売り手、買い手それぞれから50(総額100)の報酬を取るケースでは、FAが片側に就いたとしても、その報酬は50程度であるように思います(誤解が無いように付記すると、私がPEファンド(買い手)としてFA、仲介の方々とお付き合いした経験に基づく個人的な所感です。)。

また、本ガイドラインに記載の通り、仲介は基本的な業務は相手側の紹介であり、あまり厳格な交渉や専門的な支援は想定していませんので、条件面に拘りがなく極力穏便に済ませたい場合には、仲介の方が良いという考え方もあるかもしれませんが、それ自体は当然にFAでも可能であり、本質的な差異ではないかもしれません。

他方、仲介会社は多くの人数を割いて売り手のソーシングに注力していることが多いため、(比較的規模の小さい)売り手の探索自体が目的である場合にはフィットすることが多いように思われます。

どちらを採用すべきかは、「M&Aアドバイザーに何を期待するか」が特に重要であるように思われます。

仲介形式の問題点と本ガイドラインの対策

弊社は基本的にFAとして業務をご提供していますが、クライアントから相手方にも就いて欲しい(実質的に仲介形式)と言われるケースもあります。
もちろん相手方から同意を頂く前提ですが、得体の知れないFAが相手方に就いて案件を壊すリスクを考えると、信頼できるアドバイザーが相手方にも就いて欲しいというニーズは一定程度あるように思います。

他方、仲介形式では売り手、買い手と契約して双方から報酬を得るため、明らかな利益相反関係にあることが以前から指摘されていました。
この点、本ガイドラインでは以下の措置を講じることが求められており、仲介が提供する業務がいわゆるマッチング(売り手、買い手の紹介)であるという整理のもと、利益相反関係が生じうる業務については特別な対応が求められています。
① 売り手、買い手に対して仲介である(両者から報酬を得る)ことを伝える。
② M&A価格の決定やデュー・デリジェンス(企業精査)といった、利益相反関係が生じる事項に関して意思決定しない。また、必要に応じて他の専門家に意見を求めるように伝える。
③ 仲介契約上、利益相反関係が生じ得る事項について、売り手、買い手に明示的に説明を行う。また、利益相反関係が生じる事項を認識した場合には、適時に明示的に開示する。

FAと仲介の違いは、報酬面以外には正確に認知されていなかった様に思いますが、②によって提供業務の違いが明確化されたことや、③のように事前に売り主、買い主に説明するように求めていることは、M&Aの発展のために大変有用な指針であるように感じています。

セカンド・オピニオンの取得

本ガイドラインでは、多くのアドバイザリー契約に専任条項が入っているため、いわゆる「セカンド・オピニオン」の取得が困難になっていることを問題視しています。
M&Aディールにおいては、売り手が判断を躊躇する場面が何度もあるため、確かに複数の専門家(とりわけ事業引継支援センターといったい公的な機関)に意見を求める事は大変有用であるように思います。
他方、セカンドオピニオンを求める内容によっては、必ずしもセカンドオピニオンが機能しないケースもあることは留意する必要があるでしょう。

例えば、「アドバイザリー契約が適切な内容であるか?」といった、一般的な実務がある程度確立している場合にはセカンド・オピニオンは効果を発揮すると思われます。

実際、アドバイザリー契約はあまり世の中に出回るものではないため、M&Aアドバイザーでない方が適切か否かを判断するのは難しいですし、大手弁護士事務所であっても見る機会は少ないようですので、他の専門家等に意見を求めるというのは非常に有用かと思われます。

他方で、「今回の譲渡価格は適切か?」「譲渡契約書の内容はこれで大丈夫か?」といった個別案件の事項については、セカンド・オピニオンの取得が効果を発揮しにくい(場合によっては障害となり得る)ケースもあるでしょう。

今までの交渉プロセスを正確に理解し、かつ現状のM&Aアドバイザーと同程度以上の能力のある他のアドバイザーからのセカンド・オピニオンであれば、確かに比較する意義はあるように思います。
他方で、そのようなケースはかなり稀と言わざるを得ないですし、仮に案件の状況を理解していないアドバイスを聞いてしまうと、むしろ判断をミスリードしてしまう可能性もあるでしょう。
セカンドオピニオンは、このような可能性があることも理解した上で、適切に活用されることが重要であるように思われます。

なお、複数の意見を参考にすることも重要ですが、初めからセカンドオピニオンの取得に頼るのではなく、案件開始前に複数のM&Aアドバイザーと実際に会話をし、本当に信頼できる担当者を探すことに時間を割くことも大切であるように思います。

M&A案件は、アドバイザリー会社ではなくアドバイザー個人に紐づくと良く言われますが、M&Aプロセスは1年を超えることもありますので、担当者の経験や能力と同じくらいに担当者との相性が重要です。

他方、信頼に足る担当者を見つけられたとしても、譲渡価格などのクリティカルな内容に関して、担当者のアドバイスに重大な疑問を持ってしまった場合には、やはりそのM&Aアドバイザーを信頼するには足りなかったということですから、案件に関与している弁護士等の専門家に客観的な意見を求めるか、最悪はM&Aアドバイザーの変更を検討しなければなりません。

非効率なM&Aアドバイザーの活用

若干論点は変わりますが、最近よく聞く失敗例として、多数のM&Aアドバイザーに買い主を探させ、最終的に実行に至ったM&Aアドバイザーに対して報酬を支払うというものです。
これは一見すると合理的な様にも見えますが、個人的には多くの問題を抱えていると思います。
まず、買い手候補先ごとにM&Aアドバイザーが存在するため、売り主はその全ての前さばきをしなければならず、セルサイドでFAをリテインする効果が大きく低減してしまいます。
また、多くの買い手候補先から来る様々な質問や要望に個別に対応する作業自体も膨大になりますし、M&A経験が乏しい売り主が複雑な条件面の調整をすることも現実的ではないでしょう。
さらに、M&Aアドバイザーとしても、うまくプロセスが進んでいないM&A案件の対応は優先度を下げざるを得なくなり、結果的に売り主のためにはなりません。
結論としては、売り主は信頼できるFA1社を選定(例えば、ビューコンを実施)し、そのセルサイドFAが複数のバイサイドFAに買い手候補先を探索するよう依頼をする方が良いのではないかと思います。
どうしてもセルサイドのM&Aアドバイザーを複数社にしたいということであれば、初期段階では複数社をリテインし、プロセスのなるべく早い段階で1社に絞るのが結果的に良いはずです。

最後に

後半は脱線してしましましたが、本ガイドラインにはM&Aの一般的な進め方や、売り主の失敗例等の有用な情報が書かれていますので、ぜひご一読頂ければと思います。今回も最後までお読み頂き有難うございました。



大隅 隆史
Takafumi Osumi
株式会社エンジット・ストラテジー 代表取締役
伊藤忠系総合研究所にて業務改善、ITコンサルティング及びエクイティ・ファイナンス等に従事した後、株式会社プルータス・コンサルティングにてファイナンシャル・アドバイザリー業務の他、ワラントや種類株式等の複雑な金融商品評価業務等に従事。その後、みずほキャピタルパートナーズ株式会社(現MCPパートナーズ株式会社)にてバイアウト投資、メザニン投資、経営支援、LBOローン審査(みずほ銀行出向)等に従事し、2019年より現職。多くのM&Aや資金調達、経営支援実績の他、金融商品評価に関する裁判案件など高度な独立第三者評価の実績も多数有する。

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